深夜ラジオ番組『放送室』 5/28放送分にてダウンタウン松本氏が【ピクミン2】をプレイしてみての感想を述べられました。ピクミンはTVCMでもおなじみの任天堂ゲームキューブ用の人気ソフトでその愛らしい見た目に反し、結構えげつないゲーム内容で幅広い層に人気があります。
松本氏の感想としては 「オレにはピクミンは向いていない」 その理由として 「優しすぎるから」 判るような気がしました。私もピクミンを最初にプレイしたときにちょっと引いてしまった。最初のウチは少量のピクミンを大事に大事に育てていき、犠牲もできるだけ出ないようにとプレイしていくのだが、あまりそこにこだわり過ぎるとゲームが進まなくなる。 「これは戦いなんだから、多少の犠牲は仕方が無いのだよ」 といった割り切りがゲームクリアには必要なのだ。 最初に出てくるちょっと大きめの敵(上の写真)になにも考えず不用意に近づいた時に、悲劇が起こった。まだ操作に不慣れなこともありボーっとしている間にあれよあれよと大事に大事に育て上げた可愛いピクミンたちがバクバク喰われていくのである。それはある意味壮絶な光景であった。 『あぁ~ごめんよぉ~オレがヘタクソなばっかりにぃ~』 それまでは、ゲーム内での一日に出るピクミンの犠牲者数は1~2匹だったのだが、この日は百匹ぐらいが天に召された。この時はちょっと凹んでしまい、それ以上ゲームを進めることが出来なくなった。 数日後、気を取り直してゲーム再開。序盤から敵を倒すことよりもピクミンを増やすことに専念。攻撃力の強い赤ピクミンをメインにあの憎き敵を倒すために物量作戦に出るためだ。多少の犠牲は仕方が無い。 「何が何でも倒してやる。」 この辺りから、だんだんと感覚がマヒしてくる。ピクミンの数も序盤はなかなか増えないが物量作戦に出て敵を倒すと、どんどん増えていく。一度の戦いで数百匹のピクミンが死んでいってもまたすぐに死んだ数以上のピクミンが生まれてくるのである。そうなるとなにも感じなくなる。消耗戦。我が子のように可愛かったピクミンは手コマと化し、消耗品のように扱われていく。それでもピクミンたちは何の不平不満も言わず命令通りに黙々と敵の真っ只中に突入していく…。 恐いゲームだと思いません? 最初は1人の兵士の犠牲に報復を考えるが、それはだんだんと泥沼化し引くに引けなくなって、どんどん増兵していく。そのうち人を人と感じなくなり…なんて、まるどこかの国の戦争のようじゃありませんか? でも私は決してピクミンを否定しているわけではありません。ゲームとして良く出来ているし、必ずしも消耗戦に出なくとも、犠牲を最小限に抑えてゲームを進めることも不可能ではない。最短時間でクリアするには消耗戦が手っ取り早いだけで、頭を使い、無駄な戦いを避けて通れば、時間はかかるが先に進めるようになっている。結構絶妙なゲームバランスを持っている近頃珍しい良作だと思っています。 社会に出て組織のなかで出世して人の上に立つことを考えたときに、可哀想とか情けばかりでは出世できない。リスクはリスクとして考え、ある程度の犠牲は仕方がないと割り切った上で人を使うことを覚えない限り、いつまで経ってもペーペーのままなのである。 そういう意味では松本氏は吉本興業という組織に属し、多数のライバルたちを押しのけてトップに立ち、芸能人の長者番付にここ10年連続して上位に名を連ねている言わば勝ち組である。でも、芸人の世界はどちらかというと団体競技(チームプレイ)ではなく、個人競技なので彼がこれほどの成功を収めたのは決して人を踏み台にすることによってではなく、(多少はそれもあったかもしれませんが)自分の才能によってトーナメントを勝ち残ってきたわけで。そういう意味で松本氏には人をコマとして使うという一面において免疫がなく、抵抗を感じたのではないか。と私にはそう思えた。 #
by yaling
| 2004-05-29 12:00
| オススメゲームソフト
【140人に1人“塀の中” 米の収容者、過去最高】
こんなニュースを見た。140人に1人って。日本人が1億2千万人としてこの割合を当てはめると85万7千人がクサイ飯を食っていることになる。 すごいねぇ。 そんなアメリカが「悪の枢軸」なんて言ってよその国に戦争しに行ってるのはもっとすごいねぇ。 『世界の警察』気取って見せても、中身は悪徳警官ばかりだなんて笑い話にもなんないよ。 どっちが『悪の枢軸』なのやら。 でもそれだけではないのがアメリカ。5年ほどアメリカに住んでいたこともあるので、また機会があればこのアメリカという国についての私の意見も載せてみようと思います。 #
by yaling
| 2004-05-28 19:54
| ニュースなぼやき
学生時代作文を書くのは好きだった。語弊があると困るのだが、得意だったわけではなく、他のテストなどのように何かを暗記する必要もなく、ハッキリとした答えがあるわけでもない。ただ自分の好きなことを好き勝手に適当に書いておけば点数がもらえる作文が好きだったのだ。
一度、校内作文コンクールみたいなのがあって、全校生徒が書いた作文の中から優秀な作文を体育館で発表するというのがあり、自由課題だったこともあり、何を書いたのか内容はハッキリ覚えていないのだが(なんせ適当に書いているもんで。)とにかく、先生が喜びそうな言葉や内容を選び全編に渡って思ってもいないことをツラツラと書いたらなんと学年代表に選ばれてしまった時には正直焦った。そして先生という人間の懐の浅さを垣間見たような気がしたものだった。 学校の先生というものは生徒たちに「社会はそんな甘いもんじゃない」「これはお前たちが社会に出たときに順応できるように…」なんて偉そうなことをいうが、当の本人たちは実は生まれてこの方学校から出たことの無い世間知らずが多いもんだと私は思っている。授業で使う教材をウチに買いにくる先生もたまにいるが、本当に好き勝手なことをいう方が多い。何かあると「もうお前んところでは買わんぞ」的なことも平気で言ってのける。ハイハイ来ていただかなくても結構ですよ。最近の公務員は絶対に何か勘違いしていると思う。区役所の窓口に始まり保健所の受付や警察官もそう。 『お前らそんなにえらいんかい?』 国民の税金でオマンマ喰わしてもろてる公僕やということを忘れんといてや! と、この話は長くなるのでまた次回ということにして、作文の話に戻します。脱線してすみません。 そんな作文であるが、これだけブログが流行しているのをみるとみんな作文書くの好きだったのかな?私の周りには作文とか嫌い、苦手って人が多かったのでこれだけブログが流行することをずっと不思議に思っていた。ところが今朝電車の中でメールを打つのに携帯電話とニラメッコしているOLを見ていて何か判った様な気がした。 仮説①メールの普及により文章を作る能力がレベルアップしてきた。 それもあるかも知れない。昔は筆不精なんて言われた人も今では気軽にメールを送れるようになったので、敷居が低くなったのは確かだ。でも違う。そもそも人は、何故にこれほどメールにはまっているのか。 仮説②さみしいから。人との繋がりに飢えているから。 ん!これじゃないかい?と思った。 ブログの機能にトラックバックというものがある。コメントしてもらえると素直に嬉しいがトラックバックは繋がりを感じることが出来て更に嬉しいもんである。 でもこれってやっぱり、みんな寂しいからなのかなぁ。自分の意見を聞いてくれる人間が回りにいないから誰でもいいから聞いて欲しいっていうのがこれだけブログが流行する原因になったのかなぁ。 今の人はコミュニケーションのツールとして携帯のメールを使いはじめたが、そこに依存するあまり、結局本末転倒で生身の付き合いが下手になってきている。デートでカップルが漫画喫茶に入ったり、お互いメールをチェックする姿を見るたびに「そんなもんデート終わってからにしろよ」と思っていた。せっかく恋人や友達が目の前にいるにも関わらず、メールをしているのを見ると逆に寂しさを感じてしまう。 ブログにしても同じで、それが目的になってしまったのでは携帯メールと同様あまり意味が無い。ここで発信した意見はメールと違って不特定多数の人の目に触れることになることを考えると。決して無責任な学生時代の作文であってはいけないし、自分のさみしさを紛らわせる為の道具でもない。せめて私のブログは本当に自分の感じたことを発言し、いろんな人と意見をぶつけ合い、それによって自分や誰かの考えや意見を変えてしまうようなそんなブログになれればいいなぁ。と思うのでありました。 #
by yaling
| 2004-05-28 10:35
| その他のぼやき
京都医療労働組合連合会がココリコの二人が司会を勤める、テレビ朝日の人気番組をもじったネーミングで【げんなり!最賃伝説。】と銘打った取り組みを行っている。これは労働基準法第28条で定められた最低基準の賃金で生活が出来るかを参加者を募って体験し、それを行政に報告して最低賃金の底上げをめざすのが目標である。
最低賃金は各都道府県ごとで制定されており、この企画においては京都府の最低時間給677円から算出した、ひと月11.9万円での生活(独身者用)を参加者に実験体験してもらうことになっている。 参加者は一般から募集されており、独身の1人暮らし、既婚者の2人暮らしから始まり家族5人暮らしなんて設定まである。が、上記の募集要項をみていただけるとわかるのだが5人世帯の場合268,490円となっている。 1人、11,9万円で夫婦共働きで238000円だから残りの30490円は3人の子供の長男が新聞配達でもしてきて、家計を助ける為に親に収めているという設定か?いつまでもフリーターをしているダメな両親から生まれたにしてはよく出来た息子さんでさぞ、鼻高々でしょうね。 そんなことはさておき、時給677円の最低賃金しか稼げない能無しオヤジを持つと子供も苦労する。なんてったって、夫婦そろってフリーターなんだから、子供の苦労も半端じゃない。作文を書いても「うちのとうちゃんはフリーターです。」だなんて結構はずかしいもんがある。こんな家じゃ、最低賃金がどうこういう前に子供がグレちゃいそう。 世の中のバカなフリーターの中にはこの最低賃金すら払いたくないほど、仕事の出来ないやつもいる。そんな奴が11,9万を月に稼げば十分だ。なぜか家賃を50000円に設定しているけど、ちょっと贅沢すぎないかい?そんな奴は2~3万程度のトイレ共用の風呂なしアパートにすめばいい。十分に生活できる上に結構な蓄えもできるだろう。 日本は資本主義なんじゃなかったのか。仕事を出来ない低能な人間に対して最低賃金の底上げなんてする必要があるのか。それが気に入らないならスキルアップしてより時給のいい仕事を見つけろよ。と思ってしまう。そういう点からみてもやっぱり日本はヌルイ社会主義国家なんであろう。 悪いとはいわん。否定もしない。でも、最低賃金の引き上げを訴える前に一度そいつの仕事の能力を問うて欲しい。677円なんていう、親と同居している高校生の小遣い稼ぎのバイト程度の時給しか貰えないような能力しか持っていないその方へ、800円の時給が欲しいならそれだけの仕事ができるように努力するよう指導してほしい。人並みの生活を求めるなら人並みに働け!だからキミの給料は677円なんだって言ってやってほしい。 話は全てそこから始まるじゃないのかと思うのだが。 #
by yaling
| 2004-05-26 10:26
| ニュースなぼやき
昨日、日本人拉致被害者の一部の子供が「帰国」した。
というニュースをみながらスッキリしないものを感じた。 北朝鮮拉致問題にこそ目を向けるべき 昨日、解決前に支援物資を送ったことがいかがなもんかと問題になり、これを報道した日本テレビは制裁として北朝鮮の同行取材を拒否されかけた。(結局行きましたが) で首相自ら交渉に行って、北の答えはいつもの小出しな結果。 今朝のニュースでコメンテーターのひとりが 「この問題は急速に解決するとは思えない。小泉総理は良くやった。」 なんていってるけど、ん?なんかおかしくないかい。 これってさ、よく中東なんかである『邦人商社マン誘拐身代金要求』ってやつといっしょじゃん。アメリカなんぞは「合衆国政府はテロリストとは一切の交渉をしない」なんて言っちゃうけど、日本は首相自ら赴いて交渉してくれるのですか。 で、小出しに身代金と交換で人質を返してくれるのよね。 そのほかにも「横田めぐみさん」などの安否の不明な拉致被害者はニュースに名前の挙がってこない人を含めて、まだかなりの数があちらにいると思われる。 「これからずぅ~っと小出しに身代金を払い続けるわけなのね」 確かに、アメリカみたいに「一切の交渉は行わない」なんて言って、それを大義名分にして戦争しに行くことはできないのはわかります。両極端な話ですが、でも首相自ら交渉しにいってもらえるなんて、有る意味『なんて国民思いな首相』なんでしょうか。 『商社マンの皆様、これからは海外で誘拐されても安心ですね。だって首相自ら犯人と交渉してくれるらしいですから。』 『貧しいテログループの皆様、日本政府はテロを支援いたします。邦人を誘拐していただいたあかつきには首相自らが手土産を持って交渉に参ります。』 そういうことなのでしょうか? 誘拐ビジネスを成立させてしまった金正日。国を挙げてテロ行為を行えばちゃんとビジネスになることを証明したような気がするのですが。 それを支援した日本。 日本はアメリカの犬どころか世界のカマセ犬と化したのでしょうか。 皆さんはどう考えられます? #
by yaling
| 2004-05-23 08:45
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