カテゴリ:仕事のぼやき( 24 )

当たり目に祟り目

今朝、テレビをつけたら「朝ズバ」で熱海市長による「財政危機宣言」の話題をやってた。
今年9月に就任したばかりの、若き市長「齊藤 栄」氏が
「熱海市の財政はこのままいくとヤバイでっせ。夕張市の二の舞でっせ。」
と市議会の承諾を得ずに宣言したことに対して、議会は撤回要望決議に可決したという内容だった。

古い議員のひとりがインタビューで「議会の承諾を得ずに、勝手に市長宣言したのは許せない。完全な勇み足だ。
夕張市なんかといっしょにするな!」なんてほざいていらっしゃいましたが、彼のような「老害」のせいでダメに
なっていく事例をここのところイヤというほど見てきた私としては、「はぁ~。どこもいっしょやねぇ~。」なんて気分で
イッパイでした…。

で、大阪市の財政を考えると、今更よその市がどうなろうと知ったこっちゃないわけで、今回私が記事にしたかった本題はというと、

司会のあの方がゲストコメンテーターとして着席していた「山本寛斎」氏に、「ここは熱海市も山本寛斎さんに依頼して
大きなイベントでもやるべきだ」との発言があったのに対し、振られた寛斎氏がハッキリとこう仰ったことについてだ。

「単発でイベントやっても、どうにもならない。今の熱海には未来を感じさせるなにかがない。もっと根本的な改善策が必要だ。」

この発言には全くもって同感で、国、会社問わず、「老害」によって引き起こされる問題っていうのは得てして表面的な
ことではなく、根強く、芯の底から染み付いた習慣・慣例・体質によるものがほとんどだとなのだ。

これらを改善するには完全なる入れ替えが必要で徹底的なデトックス療法を施す以外に、決定的な解決策はないと私は思う。

そうすると「老外」はこう言う。

「温故知新。古い伝統の中にも良いものはあるのだ。」と。

そりゃそうだ。私も古い物を否定したつもりは毛頭ない。悪習をなくす、不のスパイラルから脱することが必要だとは
言ったが、決して全ての過去を否定なんてしてはいない。そこを一緒くたにして、ものを言うからややこしくなるのだが
当の「老害」たちにしてみれば、「今があるのは私たちのおかげ」だという意識があるからウザッタイ。

それにね、最近「町おこし」なんかで気軽に「イベント・イベント」と言いますけど、「イベントをやる」=「盛り上がってる」
なんて図式が間違っていることにも、そろそろ気づかなきゃいけませんよ。

そりゃね、なにもやんないよりかはマシなように感じるアナタの気持ちはわかりますけど、例えば歌手がコンサートやることを
想像してくださいよ。売れてもいない、知名度の低い歌手がね、コンサートを開催するわけですよ。地方の公民館かなにかで。
だけれど、チケットは一枚も売れない。当日、間違って入ってきたような近所の老人が数人ポツポツと会場に現われはしたものの
曲を聴くわけでもなく、お寒い状況のなか、コンサートは行われる…。


何が大切ってやっぱ、日頃の努力であったり、活動なわけですよ。知名度がないのにイベントだけやっても客なんか集まる訳が無い。
そういう意味において、イベントというのはこれまでの実績を再確認する為の場所であって、決して落ち目のもの、これから始めようと
するものを盛り上げる為の手段ではないってこと。

え?そうなの?イベントで盛り上げることだってあるじゃん。例えば最近だったら、次世代ゲーム機。「PS3」とかさ、「Wii」とかさ、
発売前にイベントで盛り上げてたんじゃないの?

なんて仰るアナタ。アナタは「SONY」か?「任天堂」か?そんなに知名度あるのなら「イベント」もまた結構。
しかし、落ちるとこまで落ちた、もしくは、まだ始まってすらいないアナタがいくらイベントを打ったところで、上の公民館での
コンサートレベルなんだってことを自覚しなきゃいけない。

で、寛斎氏に「イベントやってもどうにもならない」と断言された熱海市なんぞは、過去の栄光にすがり付いて
いつまでも方針を変えないでいると「大変なことになりますよ」ということなのです。

イベントはあくまでも自分のやってきたことに対しての確認の場だということをお忘れなく。
ろくに練習もせずに参加する娘の「ピアノの発表会」に参加させられる家族の気持ちをちっとは考えろってことです。
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by yaling | 2006-12-26 10:59 | 仕事のぼやき

「チャンス・幸運を掴む」ということ

「弟子に準備ができたとき、師は自然に現れる」

「いつも何かを模索し、何かを求め、手をさしのべておかないと運は降りてこない」

「幸運の神様は、常に用意された人にのみ訪れる」

「ツキはもっとも努力した者へと飛び込んでくる」

「大切なことは質問をやめないことだ、好奇心こそ我々の存在を示すものなのだ」


「天才とは、99%の汗と1%の閃きである」

どれも、どこかの偉い人たちが言ったことだそうだが、言っている内容は全部同じ。

なーんだ結局努力しろってことか!ケッ!オレは努力せずに成功したいんだよっ!

なんて考えている人はこの世にゴマンといるだろうけど、今まで、なぜそれじゃいけないのかって理由をハッキリとした言葉で表現できなかった。楽して儲けたいなんてのは誰もが思うことだし、例えば、宝くじで一等が当たれば明日から仕事行かなくてもいいんじゃないかなんて誰でも一度は思ったことがあることだろう。

いやね、私自身は、別に楽して成功したいとか思っているわけでもないし、不労所得なんてものに憧れていたわけでもない。宝くじやギャンブルなんて興味もないどころかクソ食らえだと思っている。もしひとつだけ志していたことがあるとすれば、「最小限の努力で最高の結果を生むこと」であり、それを実現するための努力はずっとしてきたつもり。

どちらかというと、むしろ、この世に無駄なことなんてひとつもない。いろんなことに興味を持って、「広く浅く」でもいいからなんでも知りたいという思いの方が強かったし、そんな私の思考(嗜好)は、ずっとこのブログを見てくださっている方にはご理解していただけるのではないかと思う。

とにかく、知らないよりは知っておいた方がいいに決まっている。べつに「知らなくて損した」ぐらいのことならどうだっていい。だけれど、世の中には知らないことによって見えないことがたくさんあるということに今頃になってようやく気づいた。だから努力し続ける必要があったのだと。

「見えない」ことは、すなわち「存在しない」こと。

見えないのだから、そこにあることすらわからない。

「なにもしなくっても何かのきっかけでそれが見えることがあるのでは?」なんてお思いのアナタ。甘いな。だって、それは現にそこにあるんだもの。それが今見えていない時点で機会(チャンス)を逃しているんだよ。後から気づいたって後の祭りなのさ。

「チャンス」とはそういうものなのだ。

しかしキチンとそれを見ることさえ出来れば、目の前どころか、360度、IMAXばりにそこいら中、至るところに転がっているのだ。それがチャンスなんだ。

チャンスは待っていれば来るもんじゃない。常に身の回りにあるもので、要はそれが見えるか見えないかなんだって。中には見えているのに掴まないなんていう人もいるんだろうけど、それはまた別の問題。掴む気がないんだから、関係ないし。とにかく、まずは見えなきゃなにも始まらない。

アナタにそのチャンスは見えますか?

「OPEN YOUR EYES!」

「開眼せよ!」

そういうことだったんだね。
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by yaling | 2006-10-31 11:46 | 仕事のぼやき

常識のない客に遭遇した店員へ送る言葉

昨今の2chの影響って怖いものがある。

2ch用語が現代用語として使われるようになるだけならまだしも、生き方や思想にまで影響を及ぼすようになってきたのではないかと、先日の「給食費滞納問題」なんかを見ていて感じるようになってきた。

「プロ市民」なんてのも本来は違う意味があったらしいが、いまやすっかり2chで出来た悪い意味合いでしか使われていないような気がする。

で、店頭なんかで仕事をしていると、そんな影響を受けたであろう物言いをする客に遭遇する機会が増えてきた。具体的に数字では言い表せないのが残念だが、私が今の職場に入ったころ(5~6年前)と比べるとかなり目立つようになった。(ただ、増えたとひとくちに言っても、全体の中から見ればそれはごく一部で、間違っても客のすべてがそんな非常識になったとは言いたくないのだけはご理解いただきたいところではありますが。)

(私の職場では特殊な商品を扱っているのだが、それをここで言及できないので例えとしてコンビニに置き換えて話を進めると…)

こんな客がいた。

「これ、買ったけどやっぱり要らないので返金したい。」

これくらいは当たり前。そんな客は昔から居たし、例え原則不良品以外の返品は受け付けないと謳っていたとしても、そこで少しでも申し訳ないと態度に出してもらえれば、こちらも人の子。無下に断われる訳がない。

だが、最近のはこう来る。

「この肉まん、食べてみたけどオレには合わない。返金してくれ。」

不味いのは謝る。だけれど、食べてしまったもんを返金できるわけない…。その旨を伝えるとこう返してくる。

「だったら、これがマズイことを職場で言いふらしてやるからな。それでもいいのか。」

いいんです。不味いって言ってもらうのは一向に構わないというか仕方ない。ですけど、それを理由に返金を迫るのは「脅迫」って言いません?

しかもこれを言ってる人がもし学校の先生だったりしたら、あなたならどう思います?

それでも客は客。お店はお客あってのお店です。「店の利益にならない客は客ではない」と言えるほど強気な会社ならいいんだけれど、大抵のお店ではそんな訳には行かない。バカにバカといえないこの憤り。そんな時、どう割り切れば店員としての自分の気持ちを抑えることができるのか。

こんな話があるそうです。

地球上に存在する魂の数は質量一定の法則により常に一定である。戦後、日本はたくさんの戦死者の生まれ変わりたちの力により、すさまじいほどの経済成長を成し遂げ、国家としてここまで上りつめてきた。しかし、その後、平均寿命が延び、高齢化に伴い人が死ななくなった。人が死なない分、動物たちが住みかを失い、絶滅していく。死んだ動物の魂は人として生まれ変わるのだと。

あぁ、そうか。アナタ人間一回目なんですね。それならアナタが人としての常識がないことにも納得がいく。だから、そんな無茶なことを平気な顔して言えるのですね。可哀相に…。早く一人前の人間になってくださいね。
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by yaling | 2006-05-13 12:53 | 仕事のぼやき

社内ひきこもり

4月。新入社員の季節。なんとなく就職した人。夢と希望を胸いっぱいに就職した人。

最初は新しい環境に戸惑いや期待も含めて、気が張った状態が続いているのであっという間に時間が過ぎていくんだけど、しばらくすると、気が抜けてくる。

理想と現実のギャップ。やる気は有ったはずなのに、周りや上司に歩調を合わせようとすればするほど、やる気がなくなっていく…。

まぁ、五月病だから仕方ないと、暫らくおとなしく現実を受け入れて、静観できる人間はそれほどそのことで悩んだりしないんだろうけど、近頃ではそんな職場は自分に合っていないということですぐに辞めてしまう人も多そうだ。

でもちょっと待って。入社して1~2ヶ月でアナタはその会社のナニを理解したというの?上司がやる気の無い会社なんて、私に言わせりゃチャンスの塊なわけですよ。そんな能無し上司なんてもんはとっとと踏みつけて上を目指す方がやりがいもあって、絶対楽しいわけですよ。

大体さ、会社が自分にあった仕事を用意してくれていると思ったアナタがそもそも間違っているわけで。

この答えを会社に求めても何も出てこない。っていうか出る訳がない。この答えを持っているのはアナタ。そうアナタ自身にしかこの答えを出せる人間はいなんです。

もしアナタがスーパーマンで高い能力の持ち主でそれを売り込むだけの力をもっているのなら、他の職場を探すのも良いかも知れない。

でも、もしアナタが凡人で、これといって取り柄もなく、ただなんとなく職場の雰囲気に馴染めない程度なら、おそらくそこはアナタのレベルに合った職場だから、なにか見えてくるまでもう少し我慢した方が良さそう。

私が思うに、たぶん前者のスーパーマンはそんな理由で次の仕事を探す事なんてしないと考える。なぜなら、それは簡単なこと。スーパーマンは知っているから。仕事が面白くなきゃ、自分でそれを面白くする術を。

会社が面白い仕事をアナタのために用意して待っているわけがない。面白くないのなら、それを面白くするのは自分自身なんだから。

諦めるのは簡単なこと。ただ、そうやって、自分に大した能力もないくせに仕事が面白くないことを会社のせいにして、現実逃避を続けていくことが本当にアナタのやりたい事だったの?

まぁ、気を張る必要はないさ。ぼちぼちやっていけばいい。五月病になる前にね。じっと我慢していれば何か見えてくるさ。答えを出すのはそれからでいい。何も見ずに結論をだせるほど自分がスーパーマだったかどうかを思い出して。

でさ、そんな新入社員のやる気を無くすようなそこにいる先輩・上司諸君。アンタらは職場で自分の仕事を囲いこんでおきながら、「おもしろくない」とか「マンネリだ」なんて言いつつ、そこにいらっしゃいますけど、アンタらハッキリ言って、「引き篭もり」と大差ないことに気づきなさいよね。自分の作った自分の枠の中だけで、仕事した気になるのは勝手だけど、部下までその枠内に納めようとするなんざ、ある意味引き篭もりよりタチが悪いわよ。
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by yaling | 2006-04-13 10:52 | 仕事のぼやき

大人のお小遣いっていくら?

考:小遣い/3 妻編 額決める人は小数 家族の総額、「手取りの1割」が適正

私の小遣いは今は決まっていない。結婚当初は2万円ってことになってたけど、当時は弁当を作ってくれていたし、私も酒タバコはやんないもんだから、べつに不満もなかった。

いまは弁当なんてないので基本その辺の店で昼食を済ませている。それだと2万ぐらいじゃ足りなくなってしまうもんだから、昼食代は別にくれるようになった。ただこうなってくると、なんだかもうなにがなに代なのかもあやふやになってきて、実質いくらが小遣いなのか取り決めがないのと同じ状態になってきた。

上記の記事だと、収入の一割ってことになってるけど、それって夫に対してだよね。私個人的には夫婦の小遣いは同額であるべきだと思っているから、もし一割だとしたら、二人で2割まで使ってもいいってことになるの?それとも半分こ?その辺どうなんだろう…。専業主婦か共働きかによっても変わるんだろうけど。

結婚している方でここを見てくださっている方々。お宅ではどんな感じになってますか?
もしよろしければ教えておくんなまし。
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by yaling | 2006-03-23 11:53 | 仕事のぼやき

ひさびさにダウン系だわ。

仕事・家庭ともにちとばかり停滞気味。

仕事に関してはやらなきゃいけないことはゴマンとあるにも関わらず、ヤル気が中途半端。

家庭は妻が子育て疲れでイライラしがちでちょっとガックリ。


かといってお先真っ暗かと言われればそうではない。

仕事面においては、今やることさえしっかりとやっておけば、とりあえず自分の老後までは安泰になるのではないかと思えるほどのチャンスが目の前をいくつも転がっている状態。後は掴むか掴まないかだけのこと。

家庭面においても、春から上のチビは幼稚園に行くことが決まっているので少しは楽になるはずなんだけれど。

ま、人間なんてアナログなモンだから、多少の波はあるもんだし、今丁度その波が下がり気味なだけで、すぐによくなるとは思っているんだけれど。


【出来ない理由を100個挙げるより、出来る可能性をひとつでも見出したい】
【ダメな理由を100個連ねるより、良い所をひとつでも見つけてあげたい】


結局、私にとっては仕事も家庭も同じことなんだなぁと思った。それでいいのか悪いのかはわかんないけど。

でも、やっぱり、いまはちょっとダルイ。
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by yaling | 2006-02-03 10:18 | 仕事のぼやき

ちょっと気になる映画

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マイケル・ジャクソン IN ネバーランディングストーリー

「アメリ」でまぐれ満塁ホームランを打ったアルバトロス。「アメリ御殿」よろしく本社ビルまで建てて、一流の配給会社にでも昇格するかと思いきや・・・。結局B級路線から外れる気はなさそうね。それも手かも知れないけど、結局まぐれだったんだと再認識いたしましたわ。

なんていっても、実はただのB級じゃないところは流石といわざるを得ないところなんだけれど。

だって、マイケルジャクソンですよ。「ムーンウォーカー」以来の映画出演作品ですよ。(中途半端なメジャー感がまたビミョウで時期的にも変にタイムリーでなぜか哀愁を感じるんだけれど)

マイケルよ!アンタもどこまで行く気なのか。黙って歌ってりゃこんなことにならなかったと思うんですけど。それでも「KING OF POP」の冠はアナタの頭上にあるんでしょうか。個人的には世代的にもドンピシャリでキライじゃないんですけど、アナタの音楽は。

そのうち「どんマイケル!」なんて言いだしそうで怖い。
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by yaling | 2005-08-04 11:46 | 仕事のぼやき

既製品好きな日本人

「感動」という病
記事中に自分の記事を取り上げてもらった記事にTBする私はなんて浅ましいんでしょう。なんて言ってもすっかりaco様人気に寄生しているこのブログですので、今更なにをいうことがございますでしょうか。えぇえぇ、aco様の犬とでもなんとでも呼ぶがいいさ!おほほほほ。

でね、日本人って昔っからそうだったのか、戦後のGHQによる思想教育の賜物か、どうも右に倣えが過ぎる感じを受ける。(最近特にそう思うようになってきた。)

前にどこぞでソニーの偉い方が、「近頃の新入社員はソニーに入ればソニーの仕事があると思って入社してくる。仕事がパッケージになって用意されてるわけがないのに。」なんて話をしていたのを見たか聞いたかしたことがある。

「与えられた仕事はキッチリこなします。」

なんてことを実際に面接でいうバカが多いけど、まず「お前らみたいな言われたことしか出来ないなんて奴は小学生以下なんだよ!」ってことを自覚して欲しい。

「十人十色」って言ってな、それぞれが違う意見を言えるから意味があるんじゃん。最初から自分の色を持たずに入社してきて「会社の色に染まります」なんてのが美徳だと思ってるならそんな奴は自衛隊か警察官にでもなればいいさ。



「泣ける映画」(=感動できる映画)が最近のキーワードらしい。

ヒットする映画は「泣ける映画」ばっか。「セカチュー」「いま会い」同じスタッフが作った似たような映画がヒットする。もともと泣ける映画でもなくても、「感動作」なんてつけると人が集まるらしい。「ハイドアンドシーク」の宣伝文句「超感動スリラー」なんていうのはもう、はちゃめちゃで意味がわからん。(内容も全く持って救いのない話で感動すらできなかったし。)

でもな、「愛する人が死ぬ」話見て、泣けるのは仕方ないにしてもそれを「感動」だと言うバカは、毎日自分の手で身内の人間をひとりひとり殺していってずっと感動してればいい。

そんなもんで泣けたところで、それを「感動」なんていわないで貰いたい。

自分の親が死んで、葬式で泣いてる人をみて「あの人感動してるわ」なんて思うバカがどこにいる。結局他人ごとで、自分に関係ないから高いところから見下ろしながら、「かわいそう」とか言って泣いてるだけじゃんよ。

ワイドショーの列車事故の取り扱い方もまるっきり一緒。亡くなった方たちのコレまでの人生を映し出して、遺族を映し出して…「かわいそう」。

で、そんな「他人の為に泣ける私っていいひとだわぁ」なんて思ってそうでマジ怖いよ。


最初は飼ってた犬が死ぬシーンで泣けてたのが、友人になり、親になり、配偶者になり、子供になっていく。どこぞの連続殺人犯の思考と似てるような気がしません?

aco様が紹介されてた「幸福論」なんてのも一緒で、例えば金持ちが幸せかというとそうじゃないこともある。物欲なんてのはどんどんエスカレートしていき、いつまで経っても満たされることはない。

本当の感動や幸せなんてものは、普段目の前にあるほんの些細なことなんだよ。それらを見ようともしないで、その辺にあるお手軽な、安物の、パッケージ化された「感動」を自分が追い求めていることに、早く気づいた方がいい。手遅れにならないうちにね。

感動も幸せも決して人から与えられるモノじゃない。自分で見つけ出すもんなんだよ。
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by yaling | 2005-05-25 12:45 | 仕事のぼやき

人間なんてホントばかな生き物なんですよ

スピリチュアルなユニフォームと安易な正論~真夏のスーツ是非問題

真夏日が続くゴールデンウィークもなおアツイaco様のこの記事からTB。(いや暑苦しいとかそんなことは思ってもいませんけどね…(微笑)←高校の社会科の先生が言った一言を思い出した「そういえば、あの女性雑誌ありましたよね…なんて言いましたっけ…ほほえみ?」)

ネタ元になった「クール・ビズ」の話から離れてしまいますが、いや、ホント、真夏に背広なんて着たくないんです。

こんな私でもほんのちょっとだけ外回りの営業の真似事をしたことがあるんですけど、はっきり言ってありえないわけですよ。クソ暑いのに長袖なんてのはもってのほかなのはいうまでもがなですけど、その上ワイシャツにネクタイしてジャケット羽織るなんてのはある意味非常識というかバカとしかいいようがない。真夏に重ね着なんて、バカも休み休みにしてくれってなもんです。

こども服なんかでね、TシャツにロングTを重ねた風なやつがあるのご存知?最初にロンT着た上からTシャツを重ね着したおしゃれ風なんだけど、実は一枚なの。見た目重ね着じつは一枚。あれのねスーツ版をマジでどっか販売してくれないかと本気で考えたこともあるくらい…。

いやね、おしゃれとか、そんなモンクソ喰らえなわけですよ。それでなくてもクソ暑いのにあんなモン着せられて、涼しい顔が出来るかっ!ってなもんです。

でもね、私等庶民はね、Tシャツ一枚で公共の場に出て認められるほど、偉くないもんで仕方ないといっちゃ仕方ない。そんなにスーツがイヤなら六本木ヒルズに住むか、もしくはホワイトカラーやめるかのどっちかしかない。

で、私はホワイトカラーを辞めたわけですよ。(そんなのお前が負け犬であることを肯定するための詭弁だと言われちゃ元も子もないんですけど。)

でもね、制服は絶対的に必要なわけです。中学時代、進学先の高校を選ぶ際にわざわざ私服の高校を選んだ友達がいて、それを見た私は

「毎日着る服を考えるなんて、ありえないわ。」

なんて言っても、当時私の学区で私服の高校なんて私立の偏差値高めの高校のみだったもんで、そんなところに行けやしない私のその発言は負け惜しみだとその友達には思われたかもしれないけど、それでも高校生になってその友達に話を聞くと、結局メンドクサイからみんなGパンにTシャツだという事だった。

そういう意味で制服はホント便利なもんだとは思う。ましてやaco様の仰るとおり、世間は人を外見でしか判断しないもんで、営業マンがTシャツにデニム姿で現れても「お帰りください」と言われるのは火をみるより明らかなことである。

制服を脱個性だと言うバカはチョンマゲにふんどし姿で営業に出ればいい。ただ、不条理な真夏にスーツ姿はある意味、チョンマゲにふんどし姿と同じくらい滑稽な姿だということを声を大にして言いたい。

人は往々にして、自分の作ったルールに縛られて雁字搦めになって身動きが取れなくなる。今回のJR福知山線の大惨事にしても本来はお客の利便性の為のダイヤのはずが、いつしか運転手にとって安全性以上に重要なファクターとなってしまった結果だと思えるし。

いくら個性を大事にしろと言っても、人間が集団生活をする以上はルールは必要。個性がなくなるからとルールを無視するやつは無人島に行くか、自分の部屋にでも引き篭っていて欲しい。自分というものを見失うことなく、社会に適応していくことはそんなに難しいことじゃない。世の中思っている以上に選択肢なんてのは沢山あって、それが見えないということは実はルールに縛られた結果、視野がそれだけ狭くなってるということをまず自覚した方がいい。

そうやって広い視野を持って、制服というものを機能性で考えた際に真夏にスーツがいかに理不尽な格好かということを思い知らされるのである。あれをなんとも思わない奴はルールに雁字搦めになりながらも個性を謳うバカタレだと言いたい。

そんなもんはどこぞの誰かが作りだした幻想でしかない。また違う流行が生まれれば、それが新たな常識になりうることを忘れてはいけない。

チョンマゲにふんどしが次世代のフォーマルウェアになる日は近い。
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by yaling | 2005-04-29 12:11 | 仕事のぼやき

引き篭もり?そんなもんは贅沢病だ!

職につく気も教育を受ける気も能を身につける気もない我が身を、どう祭ろうというんだね

ことなかれ主義の日本において、こじんまりと収まることなく、衝突を恐れることなく、果敢に問題提議をするお姿が眩しいacoyo様を援護射撃。(のつもりが誤射してacoyo様負傷…だったらごめんなさいね)っていうか、最近ホントにaco様以外の方々に見ていただけているのか不安な私でありますが…。

小さい頃に食事を残すと「世界には食べたくても食べられない子が大勢いるのよ」なんて、常套句はどこの家も同じなのではないかと思うんだけど、これを「引きこもり」に当てはめて「世の中には働きたくても精神的な病気で働けない人もいるんだよ」と集まったのがこの「ニート祭り」(めでたくない祭りは祭りじゃないけど、違う意味でこいつらはめでたい)だと思うんだけど…

そんなモンは「喝っ!」ですよ。(by大沢親分)

バーカ!「仕事したくても出来ない」だと?なめんなよ!こっちとら「仕事したくなくてもしなきゃいけないんだよ!」それを病気やらなんやらグダグダ言い訳ぬかしやがって、甘えてんじゃねぇよ!

本当なら自然界においては弱い者は淘汰されていくもんなんだよ。そんな弱者を守ってやろうと「人道的」なんて言葉を作ったのは人間だけで、他の動物たちは生きたくても絶滅していったんだよ。

そんな人間界でも貧富の差はどうしようもなく存在して、貧しい国の人たちはそれでもなんとか今日の糧を得るために懸命に生きようとしているんだよ。

は?病気?なにそれ。そんなもんただの贅沢病じゃんよ。嫌ならとっとと死んじまえ!

これからの世の中DNA操作してさ、病気を持った家系の人間は生まれる前にどんどん治療されていくんだよ。これがどういうことかわかる?劣勢な遺伝子はどんどん排除されていくんだよ。甘えたきゃ今の内に甘えておけばいいさ。どれだけカウンセリング受けようが駄目な遺伝子を持った人間はどうせ治ることなんてないんだからさ。

どっちにしろ悲劇のヒロインを演じるのもいい加減にしてほしい。

それでもどうしても、助けの手が必要だってのなら、自分の力でちゃんとした施設なり病院なりを探して、しっかりと地に足の着いた治療なり集団カウンセリングなりを受ければいいよ。あくまでも自分から立ち上がらないといけないよ。

結局自分の力でなんとかしようとすること意外に解決方法なんてないんだから。自分たちの苦しみを知って欲しいならちゃんと社会に出て問題提起しなくっちゃ。

間違っても「ニート祭り」に参加することじゃないことはハッキリとしてると思うよ。
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by yaling | 2005-02-10 12:55 | 仕事のぼやき