当たり目に祟り目

今朝、テレビをつけたら「朝ズバ」で熱海市長による「財政危機宣言」の話題をやってた。
今年9月に就任したばかりの、若き市長「齊藤 栄」氏が
「熱海市の財政はこのままいくとヤバイでっせ。夕張市の二の舞でっせ。」
と市議会の承諾を得ずに宣言したことに対して、議会は撤回要望決議に可決したという内容だった。

古い議員のひとりがインタビューで「議会の承諾を得ずに、勝手に市長宣言したのは許せない。完全な勇み足だ。
夕張市なんかといっしょにするな!」なんてほざいていらっしゃいましたが、彼のような「老害」のせいでダメに
なっていく事例をここのところイヤというほど見てきた私としては、「はぁ~。どこもいっしょやねぇ~。」なんて気分で
イッパイでした…。

で、大阪市の財政を考えると、今更よその市がどうなろうと知ったこっちゃないわけで、今回私が記事にしたかった本題はというと、

司会のあの方がゲストコメンテーターとして着席していた「山本寛斎」氏に、「ここは熱海市も山本寛斎さんに依頼して
大きなイベントでもやるべきだ」との発言があったのに対し、振られた寛斎氏がハッキリとこう仰ったことについてだ。

「単発でイベントやっても、どうにもならない。今の熱海には未来を感じさせるなにかがない。もっと根本的な改善策が必要だ。」

この発言には全くもって同感で、国、会社問わず、「老害」によって引き起こされる問題っていうのは得てして表面的な
ことではなく、根強く、芯の底から染み付いた習慣・慣例・体質によるものがほとんどだとなのだ。

これらを改善するには完全なる入れ替えが必要で徹底的なデトックス療法を施す以外に、決定的な解決策はないと私は思う。

そうすると「老外」はこう言う。

「温故知新。古い伝統の中にも良いものはあるのだ。」と。

そりゃそうだ。私も古い物を否定したつもりは毛頭ない。悪習をなくす、不のスパイラルから脱することが必要だとは
言ったが、決して全ての過去を否定なんてしてはいない。そこを一緒くたにして、ものを言うからややこしくなるのだが
当の「老害」たちにしてみれば、「今があるのは私たちのおかげ」だという意識があるからウザッタイ。

それにね、最近「町おこし」なんかで気軽に「イベント・イベント」と言いますけど、「イベントをやる」=「盛り上がってる」
なんて図式が間違っていることにも、そろそろ気づかなきゃいけませんよ。

そりゃね、なにもやんないよりかはマシなように感じるアナタの気持ちはわかりますけど、例えば歌手がコンサートやることを
想像してくださいよ。売れてもいない、知名度の低い歌手がね、コンサートを開催するわけですよ。地方の公民館かなにかで。
だけれど、チケットは一枚も売れない。当日、間違って入ってきたような近所の老人が数人ポツポツと会場に現われはしたものの
曲を聴くわけでもなく、お寒い状況のなか、コンサートは行われる…。


何が大切ってやっぱ、日頃の努力であったり、活動なわけですよ。知名度がないのにイベントだけやっても客なんか集まる訳が無い。
そういう意味において、イベントというのはこれまでの実績を再確認する為の場所であって、決して落ち目のもの、これから始めようと
するものを盛り上げる為の手段ではないってこと。

え?そうなの?イベントで盛り上げることだってあるじゃん。例えば最近だったら、次世代ゲーム機。「PS3」とかさ、「Wii」とかさ、
発売前にイベントで盛り上げてたんじゃないの?

なんて仰るアナタ。アナタは「SONY」か?「任天堂」か?そんなに知名度あるのなら「イベント」もまた結構。
しかし、落ちるとこまで落ちた、もしくは、まだ始まってすらいないアナタがいくらイベントを打ったところで、上の公民館での
コンサートレベルなんだってことを自覚しなきゃいけない。

で、寛斎氏に「イベントやってもどうにもならない」と断言された熱海市なんぞは、過去の栄光にすがり付いて
いつまでも方針を変えないでいると「大変なことになりますよ」ということなのです。

イベントはあくまでも自分のやってきたことに対しての確認の場だということをお忘れなく。
ろくに練習もせずに参加する娘の「ピアノの発表会」に参加させられる家族の気持ちをちっとは考えろってことです。
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by yaling | 2006-12-26 10:59 | 仕事のぼやき
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