進化(成長)と共に失っていくモノ…

毎度お馴染みaco様のこの文章を読んで、常々感じていたことがありましたので久しぶりにTB。
ガキの時に実相寺に出会えた幸福

これは何事においても言えることだと思うんだけれど、進化すると共に失っていくものってのは必ずあって、実はその失ったモノにこそ、その物事の本質が含まれていたりするんじゃないかということを感じてきた。

今朝、どこかのお米のTVCMを見ていたら、こんな事を言っていた「お金を払ったのだから、いただきますという必要はないのではないか …中略… いただきますの本当の意味を見つめ直そう」お金さえ払えば、なんの苦労もなく目の前に食べ物が用意される豊かな社会ではいただきますの本当の意味なんて逆にありえないというか無駄なことなのか…

例えば家電製品。最近の家電はどれもエコを強調し、電気代が安いだの、経済的だのとのたまうわりに、高機能化、小型化が進んだせいか、もし故障してもメーカーは修理なんてする気もない。すぐに「交換」してしまうし、それ以上にそのほとんどが機械によって作られていたりするものだから、人間の手で修理することすら不可能に近い商品が多い。10年、20年前ならテレビ・ラジオ・クーラー・洗濯機・冷蔵庫どれも消耗部品さえ交換すればどれも人間の手で直してまた使うことが当たり前だったのに。

昔、ホテルのフロントで働いていた時に聞いた話では某ホテルは新入社員は高卒の人間しかとらないらしい。大卒はスノッブだし専門学校卒は中途半端な無駄な知識が邪魔になるから。不器用でも純粋無垢な人間の方がそのホテルのカラーに染め上げることができるから。その代わり、教育にもチカラを入れていて、英会話や接客マナーなんかはその為の時間を割いて、きっちり教えてくれるらしい。

企業が中途半端なフリーターを敬遠するのもそこに理由がある。全くのド素人よりは適当に上手く仕事もこなすが、その分手を抜く方法も心得ているから。

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話を元に戻すと、当時の子供番組には本当にどこまで本気で考えた結果なのかは私は知らないが、確かに子供相手とはいえ、大の大人がクソ真面目に作った作品があった。中には子供だましなものもあるのだが、それらはすでに過去の遺物となり、今現在人々に語られることはあまりない。良いものは形を変えつつも今現在も残っている。

「ウルトラマン」に「仮面ライダー」。海外だと「サンダーバード」。

「ガンダム」人気がいまだに衰えないのは当時見ていた今の大人たちが懐かしんで「ガンプラ」を作っているからだけではないことは火を見るより明らかなことだ。

彼らがやってきたことは決して、狙ったこと(そりゃ狙いもあったでしょうけど)ではなく、真面目に作品を作り上げたこと。純粋に職人として、良いものを後世に残そうとしたことなのではないのだろうか。最近の子供向け番組は確かに、こなれていて、CGを駆使したり、派手な演出で、中には大人も夢中になれる要素がある作品もあるが、記憶に残る物はあまり無いように思う。

時間が経ち、進化・洗練され、器用にそつなく作り上げられた作品には無い何か。
不器用ながら、無駄な部分も多々含みつつ、真面目に作られた過去の作品に込められたメッセージ。

人間なんてものは決して完璧な生き物じゃない。不完全だからこそ人間であって、そんな無駄なものにこそ人間の本質があったりするのではないか。無駄を許容できない社会なんてこれっぽっちも面白くない。不完全なものから成長していく過程が面白いのであって、完成形の用意された世界なんてものは生温くて人をダメにしていくだけのような気がする。

そういう意味でウルトラマンは決して居心地のよい、生温い作品ではなかったと言える。が、しかしその世界観や雰囲気は今もなお私たちの胸の中に深い印象を残している。
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by yaling | 2006-12-03 10:20 | その他のぼやき
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