「チャンス・幸運を掴む」ということ

「弟子に準備ができたとき、師は自然に現れる」

「いつも何かを模索し、何かを求め、手をさしのべておかないと運は降りてこない」

「幸運の神様は、常に用意された人にのみ訪れる」

「ツキはもっとも努力した者へと飛び込んでくる」

「大切なことは質問をやめないことだ、好奇心こそ我々の存在を示すものなのだ」


「天才とは、99%の汗と1%の閃きである」

どれも、どこかの偉い人たちが言ったことだそうだが、言っている内容は全部同じ。

なーんだ結局努力しろってことか!ケッ!オレは努力せずに成功したいんだよっ!

なんて考えている人はこの世にゴマンといるだろうけど、今まで、なぜそれじゃいけないのかって理由をハッキリとした言葉で表現できなかった。楽して儲けたいなんてのは誰もが思うことだし、例えば、宝くじで一等が当たれば明日から仕事行かなくてもいいんじゃないかなんて誰でも一度は思ったことがあることだろう。

いやね、私自身は、別に楽して成功したいとか思っているわけでもないし、不労所得なんてものに憧れていたわけでもない。宝くじやギャンブルなんて興味もないどころかクソ食らえだと思っている。もしひとつだけ志していたことがあるとすれば、「最小限の努力で最高の結果を生むこと」であり、それを実現するための努力はずっとしてきたつもり。

どちらかというと、むしろ、この世に無駄なことなんてひとつもない。いろんなことに興味を持って、「広く浅く」でもいいからなんでも知りたいという思いの方が強かったし、そんな私の思考(嗜好)は、ずっとこのブログを見てくださっている方にはご理解していただけるのではないかと思う。

とにかく、知らないよりは知っておいた方がいいに決まっている。べつに「知らなくて損した」ぐらいのことならどうだっていい。だけれど、世の中には知らないことによって見えないことがたくさんあるということに今頃になってようやく気づいた。だから努力し続ける必要があったのだと。

「見えない」ことは、すなわち「存在しない」こと。

見えないのだから、そこにあることすらわからない。

「なにもしなくっても何かのきっかけでそれが見えることがあるのでは?」なんてお思いのアナタ。甘いな。だって、それは現にそこにあるんだもの。それが今見えていない時点で機会(チャンス)を逃しているんだよ。後から気づいたって後の祭りなのさ。

「チャンス」とはそういうものなのだ。

しかしキチンとそれを見ることさえ出来れば、目の前どころか、360度、IMAXばりにそこいら中、至るところに転がっているのだ。それがチャンスなんだ。

チャンスは待っていれば来るもんじゃない。常に身の回りにあるもので、要はそれが見えるか見えないかなんだって。中には見えているのに掴まないなんていう人もいるんだろうけど、それはまた別の問題。掴む気がないんだから、関係ないし。とにかく、まずは見えなきゃなにも始まらない。

アナタにそのチャンスは見えますか?

「OPEN YOUR EYES!」

「開眼せよ!」

そういうことだったんだね。
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by yaling | 2006-10-31 11:46 | 仕事のぼやき
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