『世界に一つだけの花』に物申す!

【歌詞分析力を訓練するサイト】

ご存知SMAPの大ヒットソングですが、以前からこの歌詞を

「ありのままの自分のままでいい」
「自分という個性を大切にしよう」

という内容で、現実逃避の歌かと思っていた。

『NO.1にならなくてもいい
もともと特別なOnly one』

という歌詞も矛盾がある。

オンリーワンという事は世界に一つしかないということで、それはある意味ナンバーワンなのではないかと。簡単にオンリーワンなんて言うが、そもそもオンリーワンになるむずかしさを本当に判っているのか!とも。

この歌をハンディキャップを持った人に対する歌であるとか、反戦の歌であると解釈することにはあまり違和感を覚えないのだが、世の中で普通に生活している人間に当てはめて考えるのがあまりにも利己的な行為なんじゃないかと思った。

これを仕事に当てはめて考えてみる。

「世界初!ここでしか買えない!」という宣伝文句で店がオープンした。
実際店に入ってみた感想は?
「なるほど、こんなもんを売ってる店は世界中のどこを探してもないだろう。確かに世界初!だ。」
ところがこう続くのである。
「でも世界中のどこを探してもこんなもんを買う客もいないだろう。」

これでは意味がない。商売にならない。お客によろこんで貰って初めて「世界初!ここでしか買えない!」という売り文句が成り立つのである。

人に喜ばれる、受け入られることがどれほど難しいことか、わからない人間がオンリーワンを目指すのは世の中から更なる孤立を生む行為だと言える。

だから

【いじめられっ子はこの歌を聴いて励まされ開き直っても何も解決しない】

【店主はここでしか買えないことを売り文句にしてはいけない】

しかし上記の【歌詞分析】を読んで実はこの歌がそこの部分をしっかりと抜け目なくサポートしていることに今更ながら気付いた。

「頑張って咲いた花はどれも/きれいだから仕方ないね」
「その花を咲かせることだけに/一生懸命になればいい」

頑張らないといけないのであり、一生懸命にならないといけないのである。

人は常に自分に甘い生き物である。自分の都合に合わせて物事を解釈することは日常茶飯事である。そこにある物事の本質を見極めるのは並大抵の努力では無理なのである。都合の悪いところを見てみぬふりして、都合のいい所にだけに目を向けて一生を過ごすことも可能かもしれない。でも私はあえてそこに目を向けて行きたい。ぼやくという行為は外に向かって行なう行為であるが、実はそれを言った以上は自分はそうなってはいけないという自分に対する戒めの行為でもあるのだから。

最後にいじめられている子にも落ち度があるかどうかというのは難しい問題ではある。いじめる側は基本的に何も考えていないアホである。人の痛みを知らない自分勝手な人間である。いじめられている子は彼らと同じようにアホになれれば最初からいじめられなかったであろう。そういう子は得てして人より感受性が強いと思われる。感受性が強いのでアホの振りもできない。無理していじめられる学校に登校しつづける必要はない。そんなところで頑張ることには意味がない。だからといって、頑張ることをやめてはいいということにはならない。

上に書いたように誰に限らず、人に受け入られるには努力が必要なのである。何も考えずに人から受け入れられようというのはムシの良い話なのである。いじめっ子にしてもいつまでも人の痛みを知らないまま大人になれば、今度は自分が世の中から孤立して誰からも相手にされない人間になるであろう。

とにかく、頑張らないとどうにもならないのである。
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by yaling | 2004-06-01 14:16 | 仕事のぼやき
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