それってホントに「父親」なのか

「精子バンクで出生 DNAたどり『父』特定」

「子供の父を知りたいという気持ちの方が、精子提供者のプライバシーよりも重い。」

なんて言いますけど、それってホントに「父親」なんですかね。

精子の「出所」ではありますが、それを「父親」と呼ぶことに違和感を感じる。

「産みの親より育ての親」

ってのをより重要視して欲しいと思いながら、自分の本当のルーツなんてものを知りたくなるのもわかるような気がする。だけど、そんなものまで「父親」と呼ぶことは世間一般の「父親」にとっては失礼な気がするのは私だけか。

まぁ、自分の遺伝子を分けた子供でもありますので、今後その子供の「心の父親」としてなんらかの交流を持っていく覚悟が少しでもあれば、「父親」と呼んでもいいとは思うのですが。

そういう意味も含めての「知られることがいやなら、提供しなければよい。」ということなのであれば、私もその倫理学者の意見に賛成だなぁ。ただ、確かに提供者が減ってしまうことも問題だろうしなぁ。

う~ん…難しい問題だ。

でもやっぱり自分がそうやって生まれた子供という立場になって考えた時に、それぐらいの責任感を持った人が父親であって欲しいと思うような気がするな。

「アナタのおかげで生まれてくることができました。」なんて言う子供が目の前に現れた時に、「私もキミのような立派な子供がいることを誇りに思うよ。」って言ってくれる人だと嬉しいもんなぁ。

という訳で、「精子提供者は自分の分身が生まれるということをしっかりと認識した人から」という方向でお願いします。
[PR]
by yaling | 2005-11-21 15:36 | ニュースなぼやき
<< 一番饒舌な奴がぁゃすぃ! 「羽野晶紀復帰」がいいと思うぞ >>