人間なんてホントばかな生き物なんですよ

スピリチュアルなユニフォームと安易な正論~真夏のスーツ是非問題

真夏日が続くゴールデンウィークもなおアツイaco様のこの記事からTB。(いや暑苦しいとかそんなことは思ってもいませんけどね…(微笑)←高校の社会科の先生が言った一言を思い出した「そういえば、あの女性雑誌ありましたよね…なんて言いましたっけ…ほほえみ?」)

ネタ元になった「クール・ビズ」の話から離れてしまいますが、いや、ホント、真夏に背広なんて着たくないんです。

こんな私でもほんのちょっとだけ外回りの営業の真似事をしたことがあるんですけど、はっきり言ってありえないわけですよ。クソ暑いのに長袖なんてのはもってのほかなのはいうまでもがなですけど、その上ワイシャツにネクタイしてジャケット羽織るなんてのはある意味非常識というかバカとしかいいようがない。真夏に重ね着なんて、バカも休み休みにしてくれってなもんです。

こども服なんかでね、TシャツにロングTを重ねた風なやつがあるのご存知?最初にロンT着た上からTシャツを重ね着したおしゃれ風なんだけど、実は一枚なの。見た目重ね着じつは一枚。あれのねスーツ版をマジでどっか販売してくれないかと本気で考えたこともあるくらい…。

いやね、おしゃれとか、そんなモンクソ喰らえなわけですよ。それでなくてもクソ暑いのにあんなモン着せられて、涼しい顔が出来るかっ!ってなもんです。

でもね、私等庶民はね、Tシャツ一枚で公共の場に出て認められるほど、偉くないもんで仕方ないといっちゃ仕方ない。そんなにスーツがイヤなら六本木ヒルズに住むか、もしくはホワイトカラーやめるかのどっちかしかない。

で、私はホワイトカラーを辞めたわけですよ。(そんなのお前が負け犬であることを肯定するための詭弁だと言われちゃ元も子もないんですけど。)

でもね、制服は絶対的に必要なわけです。中学時代、進学先の高校を選ぶ際にわざわざ私服の高校を選んだ友達がいて、それを見た私は

「毎日着る服を考えるなんて、ありえないわ。」

なんて言っても、当時私の学区で私服の高校なんて私立の偏差値高めの高校のみだったもんで、そんなところに行けやしない私のその発言は負け惜しみだとその友達には思われたかもしれないけど、それでも高校生になってその友達に話を聞くと、結局メンドクサイからみんなGパンにTシャツだという事だった。

そういう意味で制服はホント便利なもんだとは思う。ましてやaco様の仰るとおり、世間は人を外見でしか判断しないもんで、営業マンがTシャツにデニム姿で現れても「お帰りください」と言われるのは火をみるより明らかなことである。

制服を脱個性だと言うバカはチョンマゲにふんどし姿で営業に出ればいい。ただ、不条理な真夏にスーツ姿はある意味、チョンマゲにふんどし姿と同じくらい滑稽な姿だということを声を大にして言いたい。

人は往々にして、自分の作ったルールに縛られて雁字搦めになって身動きが取れなくなる。今回のJR福知山線の大惨事にしても本来はお客の利便性の為のダイヤのはずが、いつしか運転手にとって安全性以上に重要なファクターとなってしまった結果だと思えるし。

いくら個性を大事にしろと言っても、人間が集団生活をする以上はルールは必要。個性がなくなるからとルールを無視するやつは無人島に行くか、自分の部屋にでも引き篭っていて欲しい。自分というものを見失うことなく、社会に適応していくことはそんなに難しいことじゃない。世の中思っている以上に選択肢なんてのは沢山あって、それが見えないということは実はルールに縛られた結果、視野がそれだけ狭くなってるということをまず自覚した方がいい。

そうやって広い視野を持って、制服というものを機能性で考えた際に真夏にスーツがいかに理不尽な格好かということを思い知らされるのである。あれをなんとも思わない奴はルールに雁字搦めになりながらも個性を謳うバカタレだと言いたい。

そんなもんはどこぞの誰かが作りだした幻想でしかない。また違う流行が生まれれば、それが新たな常識になりうることを忘れてはいけない。

チョンマゲにふんどしが次世代のフォーマルウェアになる日は近い。
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by yaling | 2005-04-29 12:11 | 仕事のぼやき
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