あなたの命ハウマッチ?

以前からずっと疑問に感じていたことがある。
昨日のニュースでもそのようなのがあった。

「日本国内では出来ない移植手術を受けるために家族やボランティアが街頭募金を呼びかけ、資金が集まったので手術を受けるため渡米することが決まりました。」

一瞬いい話に聞こえる。この不景気の折、「ひとりの命」を救うために数千万から数億のお金が集まるのである。

ただ、この「ひとりの命」というのがどうも引っかかる。

イラクでは毎日多くの人が死んでいる。
北朝鮮やアフリカでたくさんの子供たちが飢餓で死んでいく。
高々数百万の借金が返せなくて、自殺する者がいる。(まぁ、これは自業自得ではありますが。)

CMで数百円で15人分のワクチンが…なんていうのがあるのを見ると、いつも「これだけのお金があったら、何人の命が助かるのだろう」とついつい考えてしまう。

それが実際に渡米したところで「移植」できる自分にあった臓器が見つかるかどうかもわからない、見つかっても成功するかどうか100%保証できない「ひとりの命」のために使われる。

アメリカのやり方を見ていると、どうやらアメリカ人1人の命=イラク人1人の命ではないのは明らかであるが、日本人の命もやっぱりそれくらい高いものなのか。

家族が自分の家族を守るために募金を集めるのは当然と言えば当然である。もし私の妻子がそんな病気や障害のために移植手術が必要だとなったら、何とかしようと走り回るに違いない。人の命の重さは金額の多少ではない。わかってはいるつもりだがやはり釈然としない。

移植手術を募金によって受ける人にお願いしたいことがある。

『あなたの命は多くの犠牲の上に成り立ったものである。
手術の結果、健康を得ることが出来たあかつきには、少しでもそれを世の中に還元できるような人生を歩んでください。あぁ、あの人の為になら何億でも惜しくない。そう言ってもらえるような人物になれるように頑張ってください。決して、こんな奴の為に…なんて言われないように。』

こんな私の考え方、間違ってるのかなぁ。
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by yaling | 2004-04-16 11:49 | ニュースなぼやき
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