「天皇制」と「菊タブー」

女帝論議のレベル

敬愛するacoyo様ではありませんが、こういう題材は通常「触らぬ神に祟りなし」ということで、あえてドツボを踏みに行く必要はないことなのですが、日本人として何も考えていないというのもまた国民として問題があるのではないかと思い、あえて記事にすることにいたしました。

ただ、歴史なんてただただ暗記のみの教科が苦手で、日本という国に対して愛国心、忠誠心があるかと問われればこれもかなり眉唾モノな私でありますので、頭のオカシナ無責任男の戯言程度に理解していただければ幸いでございます。何て言ってみたものの別に毒づくわけでもないんだけど。

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イギリスの皇室がゴシップ記事を賑わしているのを尻目に、「好きな発言ができるというのはそれだけ開放されている皇室というのはいいことだなぁ。」なんて思う反面、「国民の象徴であるはずの皇室が、ここまでぞんざいに扱われるのにそれでも存続する意味があるのか?」なんて思っていた。日本の場合はこれまでマスメディアで天皇制を語ることは極力避けてきたようで(最近の雅子さんの報道でいろいろと言われるようになったが)直接的な批判めいたことはどの新聞も書かないし、書けないというのが一般の見解なのではないだろうか。

これはメディアが身体障害者を扱う場合も似たように感じるのだが、基本姿勢としては
「触らぬ神に崇りなし」方針であると思える。
ただ、このように対等な立場に立ってモノが言えないという状況は確執こそ生めど、本当の意味での解決や相互理解には到底たどり着けないことだと思える。ずっと前にもこのブログでも書いたが、障害者問題を例に挙げれば「放送禁止用語」「差別用語」なんてものを無くし、それぞれが思ったことを発言できるようになって、初めて相互理解が生まれてくるのではないかと考えている。

確かに障害者に関して言えば、社会的弱者というハンデを背負った状態からのスタートになるため、健常者が彼等に対して、気遣いを見せることは決して、間違ったことではないのだが、それは押し付けられてただそうするべきものではなく、お互いがまずは対等な立場で議論し、お互いを思いやり、本当に必要だと思ったことを実現していった結果でなくては、折角同じことをやっていても意味合いが違ってくる。

天皇制度に関して議論する場合はこれと逆に、まず「天皇」があっての国民という立場から対等に物言いが出来ないことが、ネックになっているのではないかと考える。

本当に天皇は必要なのか。

日本人は日本の象徴として天皇を崇めることが必要なのか。

女帝ではナゼだめなのか。

腫れ物に触るかのような対応をしていたのではいつまで経っても平行線を辿るのみである。女帝が良いか悪いか以前に

「何故日本に天皇制度が必要なのか」

まずはここから考え直す必要があるという意味で上記記事で紹介されている
中野正志著 【女性天皇論 象徴天皇制とニッポンの未来】は読んでみようと思う。(ただこの本の出版社が若干気にはなりますが、まずは内容を読んでからということで…。)

「日の丸」や「君が代」に反対する教師も、ただ反対するだけではなく、こういう部分から天皇制の是非を問うような教育が出来るような世の中になれれば一番よいのではないかと思うのだが。
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by yaling | 2004-11-29 13:02 | ニュースなぼやき
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